理事長メッセージ

一般社団法人新潟青年会議所第65代理事長 五十嵐 悠介
一燈照隅青年の志と当事者意識が照らす光あふれる共生社会「新潟」の確立五十嵐 悠介

一般社団法人新潟青年会議所 2019年度 理事長所信

 青年会議所っていったい何だろう。

 本当にこの青年会議所での時間の先に、私たちは新潟の明るい豊かな社会を築けているのだろうか。目の前の議案や会議にばかり気を取られ、ふと気が付けば、本来の目的を忘れた自己満足の活動になっているのではないだろうか。
 そんな不安を時折感じる中で、私たちは家族や仕事の合間の時間をつかって青年会議所活動に打ち込んでいる。
本当にこの選択は正しいのだろうか。
今私たちがすべきことは、他にあるのではないだろうか。

 私はかく信じる。

青年会議所とは人生の学び舎であり、JAYCEEとは「働きながら社会を変える」という、社会の当事者としての生き方を自ら選んだ青年を指す。私たちは、自分たちの子供世代に代表される次の時代を生きる人たちのために、本業を全うしつつも社会貢献に全力を尽くす生き方を自らの意思で選んできた。それは、今という時代を生きる時代の表現者として、私たち自身が先達に感謝しながらも変革に向けた新しい挑戦をし続けていかない限り、社会を変えることはできないことを、明確に理解しているからである。
あなたが「自分がこの社会を変える」という当事者意識を持ったとき、自分自身が変わる。
そのとき、あなたが見る世界も変わる。
2019年、この人生の学び舎で、縁あって同じまちで同じ時代を共に生きる皆さんと一緒に、心を合わせ、力を合わせて明るい豊かな新潟の未来図をカタチにしていきたい。

 志と当事者意識を一人ひとりが持ち、己を変え、会社を変え、地域を変えていく。

その生き方が多くの市民に伝播したとき、誰も置き去りにされない共生社会「新潟」が実現する。私はそう信じている。

一燈を提げて暗夜を行く

 先の世界大戦終結から70余年、冷戦終結から約30年が経ち、かつて未来の代名詞であった21世紀という時代も間もなく20年目を迎えようとしています。大東亜戦争敗戦後、世界中から奇跡と称された高度経済成長を遂げ、GDP世界第2位の経済大国にまで登りつめた一方で、多くの歪みと社会問題が噴出した昭和の時代。平和達成という祈りを込めて名付けられた平成の世に入ってからも、バブル経済の崩壊と「失われた20年」、そして、リーマンショックさらには東日本大震災と数多くの天災人災が日本を襲いました。先が見えない時代と言われて久しく、今まで日本の発展を支えていた「当たり前」と呼ばれる生き方や考え方が揺らぎ、日本人が自信と誇りを失ってしまった時代となりました。誰もが先行きに不安を感じ、暗い闇の中で頼りになるべき何か、そして進むべき方向を必死に探そうとしています。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」
歴史を振り返ってみれば、現代と同じように今までの社会の常識が崩れ、誰もが不安に陥った時代が実は150年前にもありました。黒船来航以降、国内で佐幕と勤皇、攘夷と開国というお互いの正義がぶつかり合い、誰もが国の形をどのように描くべきか悩み苦しんだ幕末の時代に、思想家・佐藤一斎は次の言葉を記しました。

一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ、只一燈を頼め。―佐藤一斎―

 維新三傑の一人・西郷隆盛は、この言葉を胸に、志を同じうする仲間たちと共に行動を起こしました。西郷を始めとした維新の英傑たちも、社会を劇的に変革することに大きな不安を抱えていたことでしょう。しかし、より良い社会の実現を目指して我武者羅に行動した彼らにとって、自分自身がこの国を変えるのだという当事者意識、そしてこの国を西洋列強に脅かされない強い国にするという志が、彼らにとっての燈となり、維新を成功に導いたのです。

見据えるべき3つの国難

 それでは今私たちが向き合い、燈をかざすべき暗闇とは一体何でしょうか。それは「異
常な少子高齢化」「巨大災害発生のリスク」そして「当事者意識なき社会」です。この3つの問題こそ、我が国が抱えるあらゆる問題の根源であり、一つ一つが日本を滅ぼすほどの国難と言っても過言ではありません。
 現在、世界でも特異なレベルの日本の少子高齢化は、放置すれば百年後には人口が半減するという国難そのものです。人口構造が劇的に変化しつつある中で、地域横断的に首都圏への若者の流出と人口集中が起こり、それに伴って各地方経済の疲弊がみられるようになってきました。また、30年以内に起こると言われ続けていた東北三陸沖地震が2011年3月ついに発災し、日本中に甚大な被害をもたらしました。東日本大震災です。あれから8年もの月日が経過した今も、熊本地震や西日本豪雨災害など毎年のように多くの犠牲を伴う自然災害が発生しています。地方から首都圏への人口流出が止まらない今の日本
社会において、7割以上の確率で起きると言われている東南海トラフ大地震や首都圏直下型大地震が発災したとき、日本は一体どうなってしまうのでしょうか。
 さらに、行き過ぎたグローバリズムと大衆迎合主義によって、社会は何が正しい価値観なのかを見失い、暗闇の中でさまよっています。誰もが意見を表明することを恐れ、責任を取らない発言が飛び交っています。地域に住まう青年経済人として、また責任世代の大人として、私たち自身が誰よりも明確な英知を身につけ当事者意識を持って行動すること。それこそが私たちの住まう新潟をさらに発展させるための燈となるはずです。

青年会議所は社会を照らす燈

 100歳まで寿命があることが当たり前になる「LIFE SHIFT」の時代の中で、
今、新しい社会の在り方が求められています。変わる「当たり前」と3つの国難。多くの不安に押し潰されそうな時代だからこそ、私たちJAYCEEが英知と勇気と情熱という燈を掲げ、明るい豊かな社会を描き出していく必要があるのです。
英知:正しい知識と価値観を身につけ、大衆迎合主義に流されず、道を指し示すこと
勇気:「社会を変えるのは自分自身だ」という当事者意識を持ち、決断し行動すること
情熱:「子供たちのために、より良い社会を築きたい」という熱い想いを持ち続けること
綱領に記されているこの3つの資質を身につけ、私たちは誰も取り残されない社会であり、誰もが夢を描ける社会、すなわち共生社会「新潟」を確立していかねばなりません。未来を描き作り上げていくために、働きながら社会を変えるJAYCEEとしての生き方を歩む覚悟を決めること。同時に、青年会議所で自分自身を人間として、経営者として成長させる。その学びや人脈を会社に持ち帰り活用することで会社が大きく成長する。そして、それによって地域も成長していく。この「三つの成長」の考え方を率先して行っていくことで、私たちは自らが思い描く明るい豊かな社会を実現することができるはずです。

新時代のVISIONは歴史の継承から始まる

 2019年、平成という時代が幕をおろし、新潟港開港150周年を迎える節目の年に、私たち一般社団法人新潟青年会議所は創立65周年を迎えます。新潟市は開港5港の1つを有する本州日本海側唯一の政令指定都市ですが、残念ながら人口減少と深刻な財政難、そして、将来の明確なビジョンを描けていない現状が多くの市民に不安を与えています。
 しかし、新潟青年会議所の過去64年を振り返ったとき、1年たりとも大変ではなかった時代などありませんでした。どの時代のメンバーにも家庭と仕事があり、40歳までの限られた時間の中で、激動する社会の情勢と対峙しその課題を捉え、解決に向けて全力で運動を発信し続けてきたのです。それは次の世代に明るい豊かな社会を引き継ぎたいという情熱があったからに他なりません。平成という激動の時代を青年会議所運動の軌跡から総括し、来るべき時代の課題と目指すべき運動を明示することが、新しい時代の節目で襷を受けとった者の使命です。50年後、100年後の新潟市のカタチを見据え、新しい歴史を積み重ねていくために、新潟市と新潟青年会議所が積み上げてきた歴史を誰よりも理解し、それに続くべき光あふれる未来を明確に、鮮やかに描かなくてはなりません。先輩方への感謝と志を胸に、自ら示した未来を運動として発信し実現していく。私たち青年会議所メンバーが燈を掲げ、明るい豊かな社会への先導役を率先して担っていきましょう。

インフラと協働の両面から活力ある新潟の未来を描く

 日本人は古事記・日本書紀に描かれる神話の時代から、天変地異や気象災害に数多く見舞われ、壊滅的な被害に晒されつつも抗うことができない自然に対し、八百万の神々として畏敬の念を以って接してきました。科学技術と合理主義を取り入れた明治以降の日本の近代化の歴史とは、同時に自然災害を科学技術によって克服し続ける歴史でもありました。
 しかし、21世紀に入ってからも、東日本大震災を始め熊本地震や西日本豪雨災害など猛威を振るう自然・天災の前に、残念ながら多くの犠牲者が出てしまいました。災害が日常生活のすぐ近くにあるこの国で、私たちが安心で安全な日常を紡いでいくためには、まず私たち自身がインフラの必要性を理解し、社会にその必要性を周知すべく発信していく必要があります。同時にインフラの限界を知り、誰も取り残されない地域防災システムの構築に官民協働で取り組み、地域の仕組みとして確立していかなくてはなりません。強く優しくしなやかな国土政策というのは、ハードとソフト両面から国民の命を守るものでなくてはならず、有事があった際に当事者として家族や社員、地域を守るためにも、私たちは誰よりも防災に対する高い意識と深い知識を持つ必要があります。
 また、人口減少に伴い、これからの日本社会における一人ひとりの果たすべき役割はさらに大きくなっていきます。今を生きる私たちが人生100年時代を生きる次世代の若者たちのために、責任世代として社会をあるべきカタチへと変えていく必要があります。そのためには、私たちが今後必要とされる社会制度について知見を深め、協働の在り方を研究するとともに、自らを諸団体連携の触媒として1+1=10となるような形を次々と発信していくべきです。私たちには力がある。経験もある。人脈もある。しかし、私たちは常に主役になり続ける必要はないのです。青年会議所の持つ様々な資源を、新潟のために頑張っている様々な団体と組み合わせることで、その活動や成果を加速させることができるのならば、「+JC」という方式は明るい豊かな社会を築くための新しい手法として確立していくでしょう。
 協働の開発は、地域住民一人ひとりが地域発展の当事者となるだけではなく、新しい活動が生まれることで企業や既存の運動にも大きな刺激が与えられ、経済や地域の劇的な活性化につながることも期待できます。「自分が動いたから地域が変わった」という実感が新潟市全体に広がったとき、当事者意識を持った住民が老若男女関係なく自信を持って行動できる新潟市のカタチが見えてくるはずです。

JAYCEEという生き方を学ぶ

 1954年10月4日に設立された新潟青年会議所。その設立趣意書には次の文言があります。
「われわれ実業に携はる青年が、理解ある提携と相互の協力のもとに、団結し、或いは意見を発表し、懇談を交え、討議を行い」
64年の歴史を数える新潟青年会議所の根源となる哲学は、すべて設立趣意書に書いてあったのです。理想だけの夢物語で社会を変えることはできません。私たちは雇用・納税・産業の創出を本業を通じて実行しているからこそ、社会の課題を可視化できることを示しています。そして、明るい豊かな社会をこの地域に築き上げるために、私たちは英知と勇気と情熱を持ち続けなくてはなりません。それゆえに、40歳までの限られた時間の中で精一杯学び続けることができる青年会議所は、唯一無二の団体なのです。

―集まり散じて人は変われど 仰ぐは同じき理想の光― 相馬御風

 新潟県出身の詩人・相馬御風の記したこの一文こそが、青年会議所という組織の真理を示しています。入会と卒業を毎年繰り返し、組織の陣容は年々変わっていきますが、先輩への敬意と感謝を忘れず同じ理想を共有していくことで、私たちは志を次世代へとつないでいくことができるのです。青年会議所は数多くの機会を提供する組織ですが、その最大のものがJAYCEEという生き方を学ぶことです。実際、青年会議所卒業後も本業を通じた社会貢献を実現している先輩が数多くいらっしゃいます。青年会議所に入会することで多くの成長の機会を手に入れ、働きながら社会を変える志を持ち、三つの成長を経て、明るい豊かな社会が実現していくのです。会員拡大が青年会議所運動の原点。それはJAYCEEという生き方を学んだ同志を増やすからに他なりません。一人でも多くの仲間に、この成長の機会を掴みとっていただくことで、組織もまちも必ず活性化していくはずです。

社会の当事者として行動できる人財の育成

 一億総中流と言われた日本社会の当たり前が崩壊して久しく、2012年には実に子供の6人に1人が貧困状態にあるという統計結果が出てしまいました。日本の全企業の2%にも満たない大企業において過去最高益を更新する企業が続出する中で、社会における格差の拡大とそれに伴う社会の分断は確実に進行しています。一方、古来より日本では、近江商人の「三方善し」や渋沢栄一の「論語と算盤」など、売り手の利益だけではなく、買い手や地域、社会にまで利益をもたらす商売こそが理想であるという考え方が非常に高く評価されていました。今のような時代だからこそ、私たちは日本人の精神性に基づく利益追求と社会貢献を両立できる働き方、すなわち公益資本主義を学び、社会にその仕組みを広く浸透させていかなくてはなりません。そして、学んだ公益資本主義を自分の会社で実践することで、社内外に多くの分配がなされ、社会全体の格差が縮小し地域が成長していくのです。誰も取り残されない社会を作るためには、私たちが率先して目指すべき社会像を具現化していくことが必要です。
 また、青年会議所という学び舎で学んだことを会社に持ち帰り社会を変えていくためには、「青年会議所とは何なのか」を私たち自身が明確に理解し、しっかりと体現する必要があります。新潟青年会議所に今なお残されている慣習や教育制度は、単年度制という青年会議所の誇るべき伝統の中で試行錯誤を繰り返すことで磨かれてきたものです。もちろん時勢に応じて改めるべき点はありますが、淘汰されずに継承されてきたしきたりには必ず意味があり、修めるべき価値があるのです。そして、JCIや公益社団法人日本青年会議所の提供する多様なプログラムを受講することで、私たちは青年経済人として、また
責任世代の大人として、限りある時間と資源を活用しながらどのように生きるべきかを学ぶことができます。
 青年経済人であり青年会議所の会員である私たちが、過去・現在・未来を学び自らを成長させていくことで、当事者として社会を変えられる人財へと成長していくはずです。

民間外交が世界の中の「新潟」を確立する

 行き過ぎたグローバリズムと新自由主義が世界中に広まった結果、排外主義の強いナショナリズムが各国で見られるようになりました。トランプ大統領を生み出したアメリカ合衆国、EU離脱を決めたイギリス、極右政党・国民戦線が急成長したフランスなどです。日本でも近隣諸国との間に領土問題・歴史問題を抱える中で、残念なことに非論理的な差別的言動を国内で目にすることがあります。私たちは国を超えた友情を信条とする青年会議所の一員として、平和を愛する日本国民として、国と国の外交では解決できない問題を民間の力で動かそうと試みる民間外交に、さらに踏み込んでいく必要があります。
 世界の中の新潟という視点で私たちの住む新潟市を考えたとき、私たちは今まで見えていなかった地域の課題と魅力に気が付くでしょう。少年少女国連大使のように、その視点を身につけた人づくりの仕組みを構築することで、このまちで育つ子供たちが民間外交の担い手となり、世界で活躍できる人財に育っていくはずです。そして、新潟の国際化に向けて青年会議所の持つ知識・経験・人脈を最大限に活用し提言していくことで、ハード・インフラ面だけではなく、ソフト・交流面も満たした多くの外国人があらゆる面で来訪しやすい、真の国際都市「新潟」の実現につなげていくことができると考えます。
 また、民間外交に不可欠な相互理解とは、自国と他国の双方を深く知ることであり、決して一方の主張を押し付け合うことではありません。つまり私たちが民間外交を行うためには、自国と他国を良く知る英知、当事者意識を持って行動する勇気、そして社会をより良くしたいという情熱の3つが必要なのです。だからこそ青年会議所が民間外交を行う必要があるのです。そして私たち新潟青年会議所は長きに亘り、大韓民国ソウル汝矣島青年会議所、中華民国板橋國際青年商會と姉妹JCとして友情を深めてきました。先輩方が培ってきた友情関係の上で、私たちは今までよりさらに一歩進んだ関係性を構築すべき時期に来ています。今まで以上の相互理解、今までにない段階の交流に踏み込むために、民間外交の当事者としての意識を持って行動し、都市と都市の間にさらなる未来志向の関係を築いていくことが必要です。

地域ブランドの創造が新潟の魅力を力強く発信する

 新潟市は歴史的に開港5港の1港を有し、現在でも本州日本海側唯一の政令指定都市として人口約80万人を数える都市であるにも関わらず、残念ながら私たち市民自身が新潟市のブランドを明確に理解しているとは言えないのが現状です。歴史や人口規模だけではなく、市民自らが誇ることができる地域ブランドを、市民や企業が自ら創造していくことで、新潟の魅力を力強く発信していく必要があります。
 かつてはサブカルチャーという括りであったマンガ・アニメですが、ITによって世界中に広く認知されるようになった現代においては日本が誇るコンテンツであり、それらを
有効に活用してまちおこしに成功した事例は国内に数多くあります。私たちの住まう新潟市は数多くの著名なマンガ家を輩出し、コンテンツ産業の潜在力は非常に高いにもかかわらず、まだまだその資産を有効に活用できていません。地域発展を望む地域住民としての視点と、資産の活用を実践する青年経済人の視点を兼ね備えた私たちが、このまち、この地域の発展を目指して、新潟独自の新しいカルチャーの発信を進めていく必要があります。
 また、企業活動において、国連が2015年に発表したSDGs(持続可能な開発目標)は、今や世界中であらゆる企業が取り組むべき目標として認知されています。企業活動を通じて社会課題を解決していくことは、今後私たちが目指すべき社会の在り方と言えるでしょう。誰もが活躍できる共生社会「新潟」を確立していくためにも、私たちが率先してSDGsの意義と内容を学び、地域の企業として、利益追求と社会貢献を両立するための最も有効的な仕組みを構築する必要があります。子供たちの未来のために誰も取り残さない社会を築くことが、社会の分断を緩和し、相互に助け合い尊重できるまちの実現につながるはずです。
 あらゆる新潟の企業が社業を通じてSDGsを実践し、市民が地域のカルチャーを新潟ブランドと認識して発信できる主体となったとき、新潟は確固としたアイデンティティを確立し、誰もが自分らしく生きられるまちへと変わっていくと確信しています。

確固とした当事者意識が地域を支える信頼関係を生み出す

 毎年の会員拡大の結果、新潟青年会議所は日本全国でも有数の会員数を誇る会員会議所となりました。メンバーの活動範囲はLOMだけに留まらず、毎年数多くの出向者が様々な舞台でかけがえのない経験と出会いを得ています。新潟青年会議所の一員として地域の発展のために汗をかく一方で、出向先にも新潟青年会議所のプライドを胸に成長の機会を得ている出向者たちの姿は、若いメンバーの目指すべき道の一つになっています。
 出向とは青年会議所の持つ最高の人財育成プログラムです。出向先で事業構築の手法や運営方法を学ぶだけではなく、出身地や考え方が異なる他の会員会議所メンバーと共に事業に取り組み、合意形成について学ぶ場でもあります。強烈な原体験を持ち帰り還元することで、組織も地域も成長していきます。だからこそ出向者は、LOMと出向先の両立を全うする覚悟を決め、新潟青年会議所の看板を背負って学ばなくてはなりません。そして出向者がそれを全うできるようにLOMのメンバーが支え、相互に成長の機会を提供し合える体制を構築していくことが必要です。
 また、会員が増えていく一方で、事業や委員会への出席率の低下という新しい問題が徐々に見られるようになってきました。人と人とのつながりは新しい視点を生み出し、組織と地域を活性化させます。だとしたら、新潟の発展を願い活動を続ける私たち新潟青年会議所にとって、会員相互の交流が活発に行われ、お互いのことを同志として深く知り合えるための仕組み作りは必要不可欠です。さらに、家族や友人同士、また関係する組織同士のつながりにまで波及できる交流の仕組みを確立することができれば、新潟青年会議所は、新潟における新たなプラットフォームへと進化することができるはずです。
 出向先で、あるいはLOMの中で、得た経験や人脈を相互に共有しあえるようになれば、地域のつながりは強固なものとなり、新潟青年会議所は今以上に数多くの機会を様々な人
に提供することができる組織へと進化していくはずです。会員がその過程において多様な意見や考え方をまとめられる合意形成力を身につけることで、新潟青年会議所の運動は、さらに力強く発信されていくと確信しています。

広報戦略と強固な組織基盤がJCブランドを確立する

 新潟青年会議所は64年間の歴史の中で、常に次世代の新潟市を思い描き、力強く運動を発信し続けてきました。私たちの運動は市民の意識変革と行動を伴う必要があり、市民を動かせない情報発信は単なる自己満足でしかありません。同時に、SNSに代表されるデジタルメディアに囲まれている現代では、広報戦略はあらゆる企業に必須のものとなっています。青年経済人が相集う青年会議所だからこそ、対内・対外ともに模範となりうる広報手法の打ち出しは不可欠です。
 まず、組織内では正確かつスピーディに情報を発信することを第一に考え、参加意欲を高める事前広報、学びを深める事後広報、事業広告から検証までの一気通貫した広報システムの構築など、青年会議所を取り巻く情報を最適な形で組み合わせ、管理できる仕組みを作り上げることが必要です。そして、対外広報では費用対効果を根本におきつつも、明るい豊かな社会の実現というゴールを見据えた発信をし続けなくてはなりません。効果的な広報発信を通じ運動の効果を地域に強く波及させていくことで、新潟の発展につながると確信しています。
 さらに、会員の誰もがより良い社会の実現を目指して会費を支払い、時間と労力をこの組織につぎ込んでいる以上、私たちはそれらを最も効率よく最も効果的に、最大限の運動の成果を上げられるための仕組みを構築する義務があります。人ではなく規則に基づいた組織の運営を行っていくためにも、誰が見ても適正な資金の使い方、明確な規範に基づいた厳正な組織運営を継続していくことが必要です。その積み重ねが、新潟をより良く変えんとする新潟青年会議所のブランドをさらに磨き上げていくのです。
 また、私たちは連綿と受け継がれてきた伝統や習慣を、青年経済人としての英知を振り絞り、継承すべきものと時宜に応じて改めるべきものに区分し、現状に見合った最も適切な形に進化させていく必要があります。そしてそれを担保するものは、会員同士そしてシニアメンバーとの話し合いを通じた合意の形成に他なりません。会議を通じて社会を変えるべき事業を生み出している私たちだからこそ、大いに議論を行い、合意を形成して、私たちの目指す活動への信頼を獲得することで、強固な組織基盤を構築していきましょう。

青年会議所とは何か

―力なき正義は無力なり、正義無き力は圧政である。だから正義と力を結合せねばならない。―(パスカル)

 私たちJAYCEEが目指す明るい豊かな社会とは、新潟においては新潟青年会議所が、日本においては日本青年会議所が描く、それぞれの正義が具現化した姿であると言えます。誰もが置き去りにされず、誰もが自分らしく生きられる共生社会「新潟」。それを願わない市民は一人もいないはずです。しかし、理想は夢物語を語るだけでは実現されません。
私たちは理想を実現するための力を、同時に併せ持つ必要があります。その正義を実現するために、私たちは3つの信条を通して、青年会議所という人生の学び舎の中で学ぶのです。公への奉仕とはそれ自体が正義なのではなく、公のために力を尽くすことで実現する「公の安定と成長」に当事者として寄与することです。その実現のために、自らを磨き力を手に入れること、それが修練です。そしてGDP世界第3位の国に住まう責任ある大人として、日本だけではなくこの世界を良くしたいと願い、世界中の同志と心を合わせ、力を合わせて民間外交を成し遂げること。それこそが友情であるはずです。
 私たちは青年会議所での活動を通じて力を手に入れ、地域と社会の課題に当事者として取り組み、その解決によって社会に正義を実現しようとします。そのために青年会議所は、その運動によって政治をも動かし社会を変える「政動社変」の団体でなくてはなりません。まずは、いた私たち一人ひとりが実現すべき正義を見据え、強い意志を持って社会を変える行動へと踏み出していきましょう。

一燈照隅 万燈照国

 古来より、燈は人類にとって大きな意味を持つ存在でした。
ギリシアのアテネから採火されるオリンピックの聖火は、世界中の様々な人たちの手によって運ばれ、国を超えた友情と平和の祭典の象徴となりました。
チャールズ・リンドバーグが大西洋横断を成し遂げた時、彼の目に映ったパリの灯は、勇気の象徴として世界中の人間に語られることとなりました。
ニューヨークの自由の女神として知られる「世界を照らす自由」像の掲げる燈は、人間としての自由を求めるすべての人に、社会をより良く変えようとする情熱を与えました。
燈は光と熱を放ち、人々に社会を変革する勇気と情熱を与えます。

 地域の明るい豊かな未来を描き、当事者意識を持って己を変え、会社を変え、地域を変えんとする青年経済人の掲げる燈は、開港150年を迎え新しい時代に突入する新潟市の、そしてこれからの日本の未来を照らすことでしょう。私たちは常に時代の最先端で道を切り拓き、前を向いて胸を張り、背中を見せ続けなくてはなりません。私たちが示す志が地域を照らす光となり、私たちが歩む姿が地域を盛り上げる熱となります。そしていつしか私たちも、この燈を次の世代に渡す時が必ずやってきます。かつて私たちがその重さに怯みながらも燈を受け取ったように。

一燈照隅、万燈照国。

この燈が240人の新潟青年会議所メンバーから拡がり、数万、数十万の市民たちが己の持つ燈を高く掲げたとき、その無数の燈が地域と国の未来を明るく照らすはずです。

だから私たちは行動し続けましょう
次の世代が同じようにこの燈を受け継ぎ
そして歩み続けてくれることを信じて
だから私たちは行動し続けましょう
その行動の先に
誰もが置きざりにされず
誰もが自分らしくそして当事者意識を持って活躍できる
光あふれる共生社会「新潟」が確立されることを信じて

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